音楽的断章 ー いくつかの私見

大野眞嗣

6.体の重心

演奏行為に必要な要素はたくさんありますが、その中でも、基本的な体の重心の位置を確認することは大切なことの1つです。

私自身の生徒を含め、よく見かけるのが、重心が上体に上がってきてしまう状態です。本来ならば、腹部など下半身に重心を置くことを心がけることで、上体がリラックスできるのです。

それに反して、上体に重心がある演奏者を観察していると、頭、特にこめかみの辺りに、エネルギーが集中しているように感じます。そのような演奏を見て、聴いていると、往々にして、一生懸命にがんばって弾いている印象を持ちます。

一見、がんばっている演奏は、ある意味で、聴いている者に良い印象を残します。それには、何か不思議な説得力を感じます。しかし、冷静になって考えてみると、本来、奏者は演奏という行為を見せるために演奏しているのではなく、音楽を奏でるために演奏しているのですし、聴衆の方々は、奏者の演奏を観察するために演奏会を訪れるのではなく、演奏される音楽を聴きにきているわけですから、音楽よりも奏者の気合の方が強く感じられるということは全く意味がありませんし、いい音を奏する上ではマイナスです。もちろん、良い意味での集中力というのは必要なことですが、この気合で弾くこととは、似ていて非なるものです。

また、この独特の気合で弾くような演奏では、実際に奏者も力んでいますし、聴いている者まで力んできてしまいます。聴いていて心地よい演奏とは、また、別の印象です。

先にも述べましたように、こめかみの辺りにエネルギーを感じるのではなく、上体はリラックスさせ、下半身、腹筋や腰で支えるのが理想だと思います。そのためにも、私の思う奏法の場合、椅子は比較的高めにした方が、良いと思います。構えたときに、肘が手首より上に位置します。そうすることにより、腕の重みが鍵盤に伝わりやすく、手首においてのコントロールが可能になり、上体がリラックスできますので、体の重心は下がります。

また、私の主観ですが、上体に重心がある状態では、自分で弾いている音を聴いているつもりでも、実は充分に聴いていないと思えます。聴く意識よりも、弾く意識の方が勝っています。この両方の意識のバランスを、うまく探すことは重要です。 


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