大野眞嗣
(1)レガートとは?
レガートとは言うまでもなく、音と音とを滑らかにつなげることです。ピアノにおいては、次の音を弾く瞬間まで指はその音の鍵盤を押さえ続けることです。
ただし、実はこれだけではレガートにはなりません。
確かに指はレガートになっているのですが、鳴っている音はどうでしょう? パーンと鳴った瞬間に減衰してしまうはずです。これでは響きの観点においてレガートとはいえません。ピアノでレガートは不可能!とさえ考える人も少なくありません。ピアノという楽器の性質上、一般的に音はすぐ減衰するもので、通常、奏者は弾いた瞬間の音のたちあがりを聴いてつなげてゆきます。
これに対して、私の思うところのレガートとは、指のみならず、音そのものをより響かせ、たちあがりの音を聴いてつなげるのではなく、そのすぐ後の音の伸び、言うなれば響きを生み出し聴いてつなげてゆくことにあります。
そこには音そのものがすぐに減衰してしまう一般的なタッチでは不可能であり、具体的にタッチそのものを変える必要があります。このようなタッチでひとつひとつの音をより歌わせて弾いてこそレガートであり、それを、指の動きのみの「指のレガート」に対して、「響きのレガート」と言うことにしたいと思います。
(2)レガートが主流となった理由
なぜ、「響きのレガート」が必要とされるに至ったのでしょうか? これには、ピアノ音楽の歴史、楽器の発達の歴史、広くは社会的情勢の歴史的変化にまで関わってきます。
もともとピアノ以前の鍵盤楽器、現在では古楽器と称されていますが、そのような楽器群において(オルガンは構造上異なるもので含まれない)レガート奏法は、不可能と言ってもいいでしょう。それが証拠に、現在でもバロック時代に代表されるJ.S.BachやD.Scarlattiを弾く時の多くは様式的にノン・レガートが基本になっています。ただJ.S.Bachの作品の中にはオルガンを想定して書かれていると感じられるような作品を含めレガートで弾くべきであろう作品も多数存在します。
推察するに当時の音楽は、あくまでも宮廷の中で王侯貴族の為に小さなサロンで楽しまれる域を脱することはなかったはずです。それが時代と共に音楽というものが一般庶民に広がりを見せ、家庭において楽しむことから、演奏会と言う形態をとるようになり、作曲家自身や演奏家が大きな会場でたくさんの聴衆のためにピアノを弾くこととなったのです。
それには、バロック時代の鍵盤楽器とは違い、その間の産業革命の影響もあって、より大きく華やかな音が要求され、楽器そのものの表現力が大きく変貌を遂げることとなりました。ロマン派の時代、特にF.ChopinやF.Lisztといった作曲家が現れる頃には、現在のピアノという楽器にほぼ近いものが完成しています。そのような楽器に出会った作曲家や演奏家により、作曲技法、演奏技法といったことも、より多様化することとなり、いわば相乗効果で発展を遂げました。
この時代の音楽の流れはロマン派と呼ばれる、人の喜怒哀楽といった感情的なものが、非常に率直に音楽を通して語られるようになった時代です。そのための多彩な表現を実現するため、また、それとともにより複雑で難解な技術的表現を実現するために、奏法そのものが大きく変貌を遂げていきました。それまでの指の動きのみに頼る奏法から腕の重みを利用した重力奏法によって、より合理的に表現するようになったのです。その音楽的見地、また技術的見地からいっても、基本はノン・レガート奏法ではなく、レガート奏法になりました。